【ルワンダ虐殺】キガリの虐殺記念館へ。1994年に起きた悲劇。知らないといけない

ルワンダ

Shozza
ハロー!Shozza(@shozzatrip)です!

今回の記事は、ルワンダの虐殺記念館について。

ついに、アフリカ周遊がスタート!

まずは、ケニアのナイロビ。 そして、ウガンダのカンパラ。カンパラから直行バスで、ルワンダのキガリへやってきました。

ルワンダの首都であるキガリには、観光スポットは多くありません。その中で、絶対に外せないのが「虐殺記念館」。ルワンダという国を聞いて、最初にイメージするのは、悲しいことにルワンダ虐殺ではないでしょうか。

悲しい。こんなに悲しいことはあってはいけない。でも、忘れてはいけないし、知らない人は今すぐに知らないといけない。それが、次の悲劇を防ぐ唯一の鍵です。

僕もルワンダの虐殺については、本も読んだことも、映画を見たこともあった。よく知っているつもりだった。でも、現地に行ってみると知らないことばかり。涙が止まらなかった。

ルワンダに行く機会があれば、是非訪れて欲しい。そのきっかけに、この記事がなれば嬉しいです。

ということで、この記事ではルワンダ虐殺と、虐殺記念館について紹介します。

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ルワンダ虐殺とは

ルワンダ虐殺については、聞いたことがある人も多いと思います。「ホテルルワンダ」や「ルワンダの涙」など、この事件を題材にした映画が多数作られ、日本でも有名になりました。

概要としては、1994年、ルワンダの人口の85%を占め、政治経済を牛耳るフツ族が、少数派のツチ族(15%)と、ツチ族を守ろうとしたフツ族を殺した事件です。その数はなんと100万人とも言われていて、ツチ族の90%を殺害しました。

しかし、実際に何が原因で、何故虐殺が起こったのかを知らない人も多いかと思います。なんとなく、2つの民族が喧嘩して、内戦になって、虐殺が起きたと。イメージはついているかと。

では、何故、喧嘩になったのか。世界史ではアルアルの原因ですが、結構ショッキングです。

 

ルワンダ虐殺の原因

ベルギーによって無理やり分けられたルワンダ国民

ルワンダ虐殺を起こしたのはフツ族で、被害者はツチ族です。この他、ルワンダにはトゥワ族もいて、3種族がいることになる。

この3種族の違いは何ですか?

答えは「違いはない。同じ民族」です。

元々は同じ民族だったんです。普通に暮らしていた。第一次世界大戦前に、ベルギーによって植民地化されるまでは。

べルギーは、ルワンダの植民地化にあたり、国民を無理やり3つの民族に分けます。

そして、少数派のツチ属を支配層に立てて、それ以外のフツ族とトゥワ族を差別する政策をとります。

ここで注目すべきなのは、虐殺の時(1994年)の支配者は多数派のフツ族(被害者がツチ族)でしたが、この時の支配者は少数派のツチ族でした。

少数派であるツチ族が、国のトップに立てているのは、ベルギーの後ろ盾のおかげ。ベルギーがいなくなれば、あっという間に力を失います。なので、ツチ族はベルギーに逆らえない。結果、ベルギーの傀儡になります。

言うまでもないですが、ここまで計算してやっているんです。欧米のやり方とは、こういうことです。何も、ルワンダだけじゃない。ほとんどの国が同じ状況になっていた、または、今もなっています。

 

ベルギーの機嫌を損ねて、裏切られるツチ族

1959年に起こったルワンダ革命によって、ベルギーと対立したツチ族は、ベルギーによって裏切られます。

ベルギーは、国連の制止を無視し、フツ族の反体制派側を支援。あっという間に、ツチ族は政権を追われ、ルワンダはフツ族が支配する国になります。

今まで、自分たちは何もしていないのに、同じ民族であるツチ族に奴隷のような扱いをされていたフツ族。形勢が逆転した今、彼らが何をしたいかは、誰でも想像ができます。悲しいですが、気持ちはわかる。

身の危険を感じたツチ族はウガンダに脱出します。これが1961年頃。しかし、彼らはウガンダでも差別されることになる。

 

ウガンダでルワンダ愛国戦線(FPR)を作るツチ族

ルワンダ愛国戦線(FPR)は、ルワンダの政党で、現在のルワンダで最大議席を持つ与党です。日本で言う自民党のような存在。

実は、この政党は、ウガンダに逃げている間にツチ族によって作られました。

ウガンダで差別を受けていたツチ族は、ウガンダの内戦時に、反体制派に協力。結果、ツチ族の協力のおかげで、反体制派が勝利を収め、ウガンダ政権にツチ族の影響が及び出します。この組織が、後にFRPになります。

この時、活躍したFRPの一人がポール・カガメで、ルワンダ現大統領です。彼は2000年から20年も大統領を務めていて、最近憲法を改正し、2034年まで大統領でいることが可能になりました。

すごいのが彼の支持率。2017年の選挙でも97%を超える得票率で圧勝したそうです、、その一方で、独裁者と呼ぶ声もあります。97%は怪しいですよね、、

ただ、ルワンダ滞在時、仲良くなったルワンダ人には、いつも「ポールをどう思う?」と聞いていましたが、全員が「応援してる」と答えました。後述しますが、虐殺後、彼の尽力でルワンダは高度経済成長を遂げます。

 

ルワンダ虐殺の発生(1994年)

ウガンダでFRPを結成したツチ族とは別に、もっと前からルワンダには多くのツチ族が帰還していました。

1973年に大統領になった、フツ族のジュベナール・ハビャリマナは、ツチ族に対する融和政策(ツチ族を受け入れる政策)をとり、政治には参加させないけれど、経済活動を許しました。

その結果、ルワンダはツチ族とフツ族が共存する社会となり、両者の結婚も普通に起こっていたそう。つまり、元に戻りかけていた。

しかし、ツチ族の生活も安定してきた1990年頃になると、「ツチ族もルワンダの政治に参加させるべきだ」と、FRPがハビャリマナ政権に対し、反政府活動を行い出します。当然の権利です。

そんな中、1994年、ハビャリマナ大統領が乗る飛行機が撃墜され、大統領が亡くなる。この犯人は、今だに分かっておらず、FRPだとも、フツ族の過激派だとも言われています。

これに怒ったフツ族が、ツチ族への報復として始まったのが、ルワンダ虐殺です。

もう一度言いますが、この頃のルワンダには、ツチ族とフツ族は共存していたんです。差別はあったでしょうが、普通に暮らしていた。そんな中、急に虐殺が始まるんです。

冷静に考えれば、少数派のツチ族にとって、フツ族の大統領を殺害すれば、自分たちの身が危うくなることくらい、簡単に想像がつく。

力を持ち始めたツチ族を、もう一度制圧したいと思ったフツ族の動機付けのためだったと考える方が、納得できてしまうのは僕だけでしょうか。実際、ツチ族に対して穏健なハビャリマナ大統領は、フツ族からは嫌われていました。

 

ルワンダ虐殺の恐ろしさ

ルワンダ虐殺の恐ろしさは、その被害者の数だけではありません。

本来は同じ民族であるはずなのに、昨日まで、隣人や親戚だったのにも関わらず、フツ族のトップが指を鳴らした途端に、フツ族がツチ族を殺し始めたことです。

知っていましたか?虐殺を起こしたのは、フツ族の過激派や、フツ族の軍隊だけではありません。多くは、普通の一般人たちです。普通の農家の人。普通のスーパーの店員。普通の学校の先生です。

そうした人たちが、昨日まで仲良くしていた隣人を「ゴキブリ」と呼び、ナタやトンカチで殺していったんです。ツチ族だと言うだけで。女性、子供、関係なく。赤ちゃんですら、斬殺していきました。

もちろん、やらないと自分たちが殺される、と言う状況で苦しみながら殺害しなければいけなかった人たちも多くいました。ルワンダ虐殺が終わった後、家族を失ったツチ族だけでなく、家族や自分自身が虐殺者になってしまったショックやトラウマで、立ち直れなくなってしまったフツ族も数え切れないほどいます。

殺害方法も恐ろしい。中でも、僕が一番衝撃を受けたのが、HIVに感染したフツ族男性を生物兵器として利用したこと。HIVを持ったフツ族男性が、ツチ族の女性をレイプすると言う方法です。

意味わかりますか?

虐殺というのは、長続きしません。国際社会も黙っていないし、いつかは終わる。でも、ツチ族を絶滅させたい。虐殺が終わった後も、ツチ族を不幸にさせるため、ツチ族の女性達を全員エイズにしようとしたんです。

HIVに感染した女性が産む子供は、HIVに感染するリスクが高い。そこまで考えていたんです。そこまで憎んでいた。本当は同じ民族なのに。いや、同じ人間なのに。こんなに恐ろしいことがあってはいけない。

 

キガリ虐殺記念館へ行こう

ルワンダの首都キガリには、ルワンダ虐殺に関する博物館「キガリ虐殺記念館」があります。

かなり重い内容ですが、ルワンダを訪問した方には、是非訪れてほしい。全ての人が知らなければいけない。それが、何十万人の被害者の方々に対し、僕たちがしなければいけないことだと思います。忘れてはいけない。

記念館の中はかなり広く、物が展示されているというよりは、写真のように、写真ベースで、虐殺が起きるまでの過程や、虐殺の中で起こったこと、その後のルワンダの情勢などについて紹介されています。

全て英語なので、英語が苦手な方には大変ですが、できる限り、時間をかけてゆっくりと読んで欲しい。

村の人達が、僕のためにしてくれたことに感謝しています

虐殺が起きた時、私は4歳でした。そして私は孤児になりました。家もなく、仕事もない。雨が降った時は、バナナの葉っぱの下で寝ていたし、夜は他人の農家から作物を盗むことが私の日課でした。

だから、村の人達は僕のことがずっと嫌いだった。それがわかってた。

でも、彼らは僕のことを助けてくれました。僕は今、村の警備員の仕事をしています。僕はこれまで、ずっと村のトラブルでした。でも、今は村のトラブルを解決する人間になれたんです!

 

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母について

彼女の最後の行動は、神への祈りと、子供を守ることでした。

息子が殺されそうになっているのを見た彼女は、隠れていた場所から飛び出して、虐殺者に自分から殺すように懇願しました。

虐殺者に近づくと、母は、最後に神に祈らせて欲しいとお願いし、それが終わると膝まずき、覚悟した顔で「あなたの仕事をしなさい」と言いました。

それが彼女の最後の言葉でした。

 

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父が殺されたと聞いた日、私たちは全員泣きました。

母は、私たちに神に祈るように言い、私は「父を殺した虐殺者に復讐する力が欲しい」と、祈りました。

すると母はその瞬間、「例え、私が殺されたとしても、絶対に復讐はしないと誓いなさい。」と、言いました。何故なら、復讐することは悪いことだからと。

記念館の中には、上のような、被害者のパネルが沢山あります。涙なしには読めません。上の青年のように、生き延びたツチ族はほとんどが孤児になりました。だって、90%が亡くなったんですから。国民のほとんどが、孤児です。

昨日まで普通に暮らしていたのに、突然、お父さんもお母さんも、お爺ちゃんもお婆ちゃんも、親戚も兄弟も、友達も全員殺されたんです。しかも、知り合いのフツ族に。

しかし、上述したように、加害者であるフツ族も、事件後は計り知れないほどの苦労をしました。虐殺者になってしまった両親について、泣きながら語る女性の写真が印象的でした。

一番最後には、一番印象に残った場所がありました。一面、ズラリと並んだ子供達の写真。みんな4〜5才ほどの小さな子達です。彼らは、虐殺の被害者です。こんな小さな子供達まで殺したんです。ナタや、斧を使って。

彼らの写真の前には、それぞれボードが立っています。

  • 名前:YvonneとYves
  • 年齢:5才と3才
  • 関係:お兄ちゃんと妹
  • Yvonneの好きな飲み物:お茶とミルク
  • Yvesの好きな食べ物:ポテトチップス
  • 性格:Yvonneはお父さん好き、Yvesはお母さん好き
  • 死因:祖母の家で、ナタによって斬殺

 

ルワンダの悲劇を100日間も無視し続けた僕たち

ルワンダの虐殺はなんと100日間にも及びました。想像してみてください。100日間。

ある日突然、訳もわからない間に世界が変わった。家族も全員殺された。自分も殺される。食べ物もない、住むところもない。そんな生活を100日間も続けていたんです。100日間、長いです。その間、何故救助がなかったのか。

僕たちは知っていた。毎日、ニュースで報道されていた。でも、無視し続けたんです。他人のことだから。

テレビやニュースで流れて、映画になって涙を流す。「ひどいね」「かわいそうだね」と言いながら、何もしないで、普通の生活に戻る。今も、ルワンダと同じような内戦を起こしている国が沢山ある。ニュースでもやっている。でも、気にもしない。知らない。何が起きているのか。ルワンダよりも酷いことが起きているのに。

数年後、この国々が落ち着いて、映画になった頃にそれを知って、また涙を流す。国には立派な記念館ができる。何百万人の被害者の上に。僕たちは、「やっと観光できるようになった」と、旅行に行って、記念館で涙を流す。

これじゃ、何も解決しない。

今、過去の悲劇を知って、「これじゃいけない」と思ったなら、次のステップは「過去のこと」と思わずに、「今起きていること」と知ること。今、この瞬間も子供達が殺されていると知ること。

 

ルワンダの悲劇を知る

ルワンダの涙

ルワンダの涙 (字幕版)

 

ホテルルワンダ

 

虐殺を乗り越え、高度経済成長を遂げるルワンダ

最後に現在のルワンダについて。

虐殺など、マイナスのイメージの強いルワンダですが、現在はアフリカ有数の経済大国になっているって知っていましたか?

虐殺が収束した後、復讐を恐れ、かつてツチ族がウガンダに逃亡したように、フツ族も大勢が、ヨーロッパを始め、世界中に難民として逃亡しました。

戦後、世界中に散らばったフツ族、200万人がルワンダに帰国。各地でそれぞれ得たスキルを生かし、ルワンダの復興に尽力した結果、高度経済成長を生み、「アフリカの奇跡」「アフリカのシンガポール」と呼ばれるほどの経済大国に。

世界中に散らばったおかげで、国が発展。怪我の功名と言うか、なんか神のような存在を少し感じてしまいます。

ルワンダの町は、本当に綺麗で、ゴミ一つ落ちていません。ビニール袋を禁止していて、スーパーでも紙袋か、マイバッグ。国に入国する際も、バッグを厳重にチェックされ、ビニール製品は没収されてしまう。

そんなイメージ、ルワンダにありました?

本当に行ってみたいとわからないことって沢山ある。ルワンダは、将来、僕が住みたい国の一つです。

 

キガリに行ったらキミロンコ市場へ行こう!

キガリにはキミロンコ市場と言うマーケットがあり、ここではアフリカの布「キテンゲ」を使い、格安でオーダーメイドできるとあって、ルワンダ有数の観光地になっています。

マーケットに入るとすぐに、大勢のテイラー(仕立て屋)や、布業者がやってきて、ワーワー!と客の取り合いをする。正直、これがめんどくさく感じてしまいます。

でも、虐殺記念館に行ってからは、少しだけ見方が変わってしまった。

ここにいるテイラーの多くは、僕らと同じくらいの20〜30代。虐殺が起きたのは26年前。30代の人は、虐殺を経験している。

90%が殺害された後、子供達の90%は孤児になったんです。彼らが孤児であった可能性がかなり高い。孤児でなくても、全員が苦しい時期を乗り越えてきたはずなんです。

家族や親戚、友達が殺された苦しみ。家族や自分が虐殺者になってしまった苦しみ、トラウマを抱えながら。僕たちが、日本で何不自由のない生活をし、ゲームボーイを握っていた時間、彼らがこの地でどんな生活を送っていたのか。

記念館に貼られていた青年の言葉とダブりました。

孤児だったときは、毎日が苦しかった。みんなに嫌われていた。

今は仕事があって、毎日楽しいよ!

マーケット内だけでなく、ルワンダ国内を歩いていると、みんなフレンドリーで優しい。いつも笑顔を絶やさない。でも、心の奥には、きっと傷を残している。

彼らが今、自信を持って笑えているのは、仕事を持って、普通の暮らしができているから。

だから、僕たちが「可哀想」と思うのは間違っているし、お金をあげるのは絶対に違う。可哀想だから、仕事を与えるのも違う。でも、言いたいことは、伝わるかな?

彼らは、プライドを持った立派な職人です。マーケットに入ると、少しめんどくさいなと思うかもしれないけど、普通に仕事をしてもらって、気に入ったなら、それ相応の代金を渡せば良いと思います。出来が良かったなら、それをちゃんと伝えて、チップを渡せば、嬉しくない人はいません。彼らのモチベーションにも繋がるはずです。

次の記事では、キガリの歩き方について紹介します!

See you!

Always think easy, go easy.

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